18) Recording in Lisbon #2 リスボンレコーディング2
18)さあ、我々はこれから6時間で9曲をレコーディングしなければなりません。
かなりタイトなスケジュールですから、なるべく少ないテイクでOKテイクを録らなければなりません。
「Abandono」という曲からレコーディングが始まりました。
この曲は、とても美しいメロディと、哀しい詩とから成る難しい一曲です。
最初にどの曲からいこうかと聞かれ、一番歌い馴染んでいて比較的明るくて歌い易い曲から始めたかったのですが、ギタリストのTiagoはいつも(練習の時も)何故か「その曲は後にしてくれ」と言います。
喉をなめらかに開く為にもリラックスした曲から始めたかったんですが、まあいいや!
もうとっくにまな板の上の鯉なのですから、細かい事を気にせずやるしか有りません。
でもねえ、そんな一瞬のネガティブな気持ちも吹き飛んじゃうくらいに、この「Abandono」はイントロからギター二人の絡みがもう、、、、、、泣きそうになるくらい素晴らしいんです!
今思い出しただけで胸がきゅう〜〜っとせつなくなります。
これぞまさにFADO。
Tiagoはまだ若いのにもう世の中の裏も表も知り尽くしたように「心得た」旋律を奏で、それはもう凄みさえ感じられます。
そのTiagoの旋律を、蓮見氏のギターが母の様に優しく抱き抱え、ゆらゆらとゆりかごの様に揺らします。
Tiagoのギターと私の歌が、蓮見氏の弾くギターに抱かれ導かれていくという感じでしょうか。
本当にうっとりとする曲です。
こうしてレコーディングはすすんでいきましたが、やはりそこは外国。
国内でいつもしているレコーディングのようにはいかない点も多々有りました。
モニターの返りが爆音すぎるとか、自分用のキューボックスが無いとか、まあそういう細かい(けどとても重大な事なんですが)点は、言い合っている時間も無いので、何回か言ってみても駄目な場合は相手のやり方に合わせるしかありません。
しかし私が一番とまどったのは、スタジオの空気でした。
そう言うと、なんだか穏やかじゃない空気の中でレコーディングしたみたいに聞こえるかもしれませんが、それは違います。
スペイン、フランス、イタリア等、南ヨーロッパの人って、明るくて陽気で、いい意味でちょっと適当さもあって気楽なイメージが有りませんか?
でも私の大好きなポルトガルの人々は、南ヨーロッパの人々だとは思えない程(あくまでも私のイメージですが)控え目で静かな人々なんです。
かつて私は5年間イタリア語を勉強した関係で、イタリア人がとてもおしゃべりで声が大きくて人懐っこくて陽気でユーモアたっぷりなのを知っています。
また、フランスに行かせていただくこともしばしば有りましたので、フランス人がはっきり物を言い、自己主張もきっちりするのを知っています。
でもポルトガル人、彼らは違うんです。
愛すべきポルトガルの方々は或る意味日本人にとても似ています。
とても感情表現が控え目なのです!
以前FADOがどういう音楽なのかを説明する時も比較させてもらったのですが、FADOは日本の演歌ほどの粘着性は無く、フラメンコほど激しく熱くはない。
「静かな哀愁の音楽」なのです。
そのFADOのように、国民性も静かで控え目なんです。
ですから、レコーディングしていて1曲終わっても「し〜〜〜ん」としていて反応が無いので、最初は「私の歌が酷すぎるのかな」とか、「日本人にFADOなんか出来る訳ないだろって怒ってるのかな」と、少し不安になりました。
photo A .Hasumi
不安な気持ちのまま何曲かレコーディングした所で、皆で近所のカフェまでお昼を食べに行こうという事になりました。
スタジオから5分程のカフェは地元の人の憩いの場のようでした。
私はまだ歌わなければいけないので軽くクロワッサンとグリーンティー。
他の人達はポルトガルのファーストフード豚肉を柔らかく煮たものをパンに挟んだ「ビファーナ」、に野菜スープ「ソパ デ レグーメシュ」。
この豚肉バーガー「ビファーナ」は私も今回一人ランチの時に食べてその美味しさに驚いた一品です。
柔らかく煮た豚肉と、パンに染みてるソースがバター味でとっても美味しいんです!
蓮見氏もギイダ先生も皆美味しそうにビファーナに齧りついていました♪
尤も、私がリスボンで食べたビファーナは5ユーロほどしましたが、ここ郊外のカフェではその五分の一です!安い!!!
ポルトガルに住んじゃおうかな♪
こんな場所で海を見ながら毎日美味しいワインを飲んで暮らせたら夢のようですよね。
食後、ギイダ先生が私達に焼きたてのナタをごちそうして下さいました。
日本でも人気のエッグタルトです。
火傷しそうに熱いエッグタルト、これも最高に美味しかったです。
photo A. Hasumi
先生の食べ方は、焼きたてのナタにシナモンパウダーとパウダーシュガーをたっぷりふりかけます。
シナモンの香りがカスタードの甘さとパイ生地のバターの濃厚さをすっきりさせてくれてとてもいい食べ方です。
その食事の間も、所謂会話がうるさい程弾むという感じではなく、まあお行儀良く静かに進行するランチ会というイメージでしょうか。
Tiagoとフィリップさんが男性同士で静かに会話し、私とギイダ先生が女同士おしゃべりし、間で蓮見氏が「美味しいねえ〜」とご機嫌でカメラのシャッターをぱちぱちと切っています♪
どこか日本のランチ風景のようでしょ?
ですのでここでも私がスタジオのオーナーのフィリップさんと会話する事も無く終わりました。
Photo A. Hasumi
さて、短い休憩が終わって食後のレコーディングがまた始まりました。
Tiagoと蓮見氏はまだ初めて会ってから1週間もたっていないのに、彼らのアンサンブルは絶妙です。
ずっと前からコンビで演っているかのように息が合ってきました。
ちょっとTiagoがミスしてすごく恥ずかしそうにしている時にも、蓮見氏が「これが人間さ。そう、これがFadoだね」と言って何だか解らない笑いを誘い、場を和ませます。
ふふ。人間としてのアンサンブルもいい味出してるでしょう?
さて、今回の私達のレコーディングは、いわゆる「一発録り」といわれるものです。
今まで私が歌っていたロックやコマーシャル向け音楽は、楽器ごとに別々に録音した音を後で重ねて一つの曲にするというレコーディング方法が一般的なので、例えば歌詞を間違えたりしたら、自分のその部分だけ何回でも録音しなおして修正できます。
しかし、ファドはアコースティックサウンドで、しかもテンポは有って無いようなもの。
その時によって、ブレイクの長さやタイミングは違います。
皆の呼吸次第。
皆で一斉に「せーの!」と始めて同時に録音しますので、自分の間違えた所だけを後からやり直す事も出来ません。
真剣勝負!
緊張感の中で何曲か歌っていると、ふとこちらに背を向けてミキサー卓に向かっているフィリップさんが、後ろ向きのまま半分こちらに顔を傾け、親指をたてて「グ〜〜」とやっているのが目に入りました。
なーんだ!認めて下さっていたんですね!
やはりポルトガルの方々の感情表現はとても穏やかですね。
きっとアメリカ人のジェロ君も、日本のスタジオで日本人と演歌をレコーディングした時は、おだやかな国民性の日本人との作業にとまどったと思います。
アメリカ人もハッキリ賑やかですからねえ〜。日本とはスタジオの雰囲気はかなり違うんじゃないでしょうか。
単純な私は急に元気が出ました。
特に一番最後に録音したアップテンポの明るい曲はとても気に入って下さったのか、それともだんだん打ち解けてきたのか、私の方を向いて何回もうんうん♪とうなずいて下さいました。
私の歌うFadoがまだまだFadoとは呼べない代物だとしても、少しは「良い歌」が歌えたとしたらここまで来た甲斐も有るかな〜。
こうして無事に9曲録り終わって今回のプロジェクトの全てが終わりました。
最後はフィリップさんや皆さんと記念撮影。
お世話になり有り難うございました!
帰りにギイダ先生が自分の故郷でも有るこの辺りの観光に連れて行って下さる事になりました。
この小旅行もまた素晴らしかったです。
次回はその事について書こうと思います。